那須平成の森はその基本方針が記されている『日光国立公園「那須の森(仮称)」保全整備構想』(2007年度)には「自然体験・学習活動、あるいは自然環境管理活動の指導者養成のためのナショナルセンターの役割を目指す」と明記されています。また「平成23年度那須平成の森運営管理業務仕様書」(2011年度)にも「わが国の国立公園における有数の自然環境教育・自然ふれあい拠点として運営していくことが求められる」とあります。
その那須平成の森を2010年度の準備業務から現在まで携わってきた私は公益財団法人キープ協会(山梨県清里)(以下、キープ協会)に所属しています。キープ協会は1984年以来自然体験活動を通した環境教育事業を行っていますが、その中には指導者養成事業(研修)(以下、養成事業)も含まれています。清里時代の私は以下に述べる環境省「自然解説指導者育成事業」を始めとした様々な養成事業を担当してきました。冒頭の保全整備構想に記されたような指導者養成を事業としてイメージ(模索)する中で、清里と那須での30年の経験をどのように活かせるだろうかと、私は考え続けてきました。コロナウイルスのまん延により2020年度、2021年度は集合研修(ある場所に参加者を集めて行う研修会のこと)の実施を見送らざるを得ませんでしたが、本来は本格的に養成事業を始める諸条件は整っていると考えていました。
では那須平成の森の養成事業について述べていきましょう。私たちはこれまで何もしてこなかった訳ではありません。この10年で単年度事業として養成事業を行ったり、国立公園満喫プロジェクト(環境省)に関連した事業として「ガイド技術研修」を実施したり、他の団体からの依頼で養成事業を請負ったり、あれやこれやと試行錯誤を繰り返し実績は蓄積してきました。
次に今後養成事業をどのように展開していきたいか、環境省が主催していた「自然解説指導者育成事業」を例に話を進めていきます。この事業で行ってきた研修を「自然解説指導者研修」と言います。開催趣旨には「本研修は、国立公園などにあるビジターセンター等の自然ふれあい施設における自然ふれあい活動を充実したものとするため、知識の伝達にとどまらず、体験を通じて自然を学ぶ体験手法を用い、より効果的に自然解説を行う技術等を学び自然解説者としての技能向上を図るものである」とあります。実施されていた期間は1992年から2010年までの18年間です(2011年以降は環境省主催の養成事業は実施されていません)。キープ協会は事業全体の中で研修に関わる部分、つまり「複数の研修全体のマネジメント」、「研修企画の立案」、「研修会の運営・進行」、「講師」などを務め、他の講師陣も招聘して研修を実施しました。内容は大きく『基本研修』と『専科研修』の2つに分けられます。基本研修は「入門コース」(2泊3日)と「実践コース」(3泊4日)の2種類で、インタープリテーション・環境教育について実技(実習)と理論(講義)を交互に学ぶ方式で行い、基礎的なことを入門と実践の2段階に分けて学びます。専科研修は「企画担当者コース」、「施設展示コース」、「ボランティアコーディネーターコース」(以上、3泊4日)の3種類で、より専門的な分野をテーマにして実施しました。2研修5コースに区別されたラインナップで、基本研修を修了した人が専科研修に進めるという仕組みです。18年間実施してきたこともあり、研修の型としてはある程度確立されたものと言えます。
研修中に作成した事業企画の発表風景
そして那須平成の森で行う養成事業はどのようなものが良いかと考えた時に、ベースとなるものはここまで述べてきた内容のものが適しているだろうと、私は考えました。その中に他の経験やこれまでの10年で試行してきた研修成果などをうまく取り込んで、“那須平成の森モデル”として事業に厚みを加えていけば良いだろうと思うようになりました。
課題は当然あります。最大の課題は、集合研修ならではの問題です。多くの人は自らの課題解決のためのモチベーションが最高潮の状態で、それぞれの現場に帰っていきます。それ自体は好ましいことではありますが、問題はその人が職場や現場に戻った後、再び何らかの壁にぶつかった時のフォローアップが研修主催者側にできない点にあります。この課題の解決策のひとつはWEB会議です。直接対面できるわけではありませんが、オンタイムで悩みを聴きアドバイスすることが可能となります。コロナが遠因でWEB会議が一般的になったことが、私たちのような自然体験活動の分野でも役立つことになりそうです。次に規模の問題です。以前行われていた養成事業は環境省本省の事業でしたが、那須平成の森の場合は環境省関東地方環境事務所の管轄ですから、まずは栃木県から小規模に始めて関東管内、全国へと普及していくことになるでしょう。3つ目に宿泊型の事業にした場合、所有する宿泊施設がないことです。公的宿泊施設を使用するにしても、参加費用が上がってしまうことになります。まだまだ課題はあるとは思いますが、ひとつずつクリアにしていくということでしょう。
グループにおける合意形成実習
良いこともあります。環境省による養成事業は2011年度以降実施されていないことを前述しました。ここ10年ほどこの種の事業が行われていない訳ですから、環境省として上手に広報すれば需要はあるものと私は思っています。
ここまでの話は那須平成の森の運営管理団体に養成事業の企画・運営だけでなく講義や実習を行う技量を備えること、つまり全体をマネジメントすることを謳っています。つまり、養成事業を那須平成の森のような“施設に付属する業務である”と位置づけています。請負う団体から見るとハードルが高いことは分かっていますが、今の日本の仕組みではそれが一番手っ取り早いのです。なぜなら、これまでの養成事業は“環境省が養成事業運営者を公募し受注した団体が実施する”という形態でしたから、予算の切れ目が業務の切れ目であることを示しており持続可能ではないのです。これが運営管理団体に養成事業の機能を持たせたい最も大きな理由です。一方、アメリカの国立公園行政を見てみると、国として国立公園内の施設で働く職員を対象とした教育システムを確立しています。仮にアメリカで国立公園のビジターセンターの業務を民間団体に任せるシステムがあったとして、その団体に力が不足していたとしても国が教育の任に当たることができるでしょうし、養成事業自体も国が直接行うことになります。うらやましい限りです。
那須平成の森の運営管理者は3年毎に行われる競争入札で決まるシステムですから、極論を言えば3年毎に運営管理者が代わることもあり得ます。業務の請負団体の力量はその団体任せですから、業務の質の維持を担保できるものはありません。私は運営管理者に養成事業機能を持たせることがベストであると述べましたが、将来に渡ってその機能を維持させ続けることはどうしても限界があります。難問は抱え続けることになります。結局私たちの役割は、アメリカのような教育システムが日本でも構築されるように積極的に国を促すと共に、那須平成の森がモデルケースとなって実績を積み上げていくこと、これが結論なのでしょう。
開園10年と言う節目にスタートラインに立った那須平成の森の養成事業。コロナの収束をホイッスルにいよいよスタートダッシュです!