さまざまな人とのつながりによって新しい組織は創られる。
今回はこれをテーマとして、那須平成の森を例に、ある自然学校の創成期(準備期)がどのような状態(五里霧中か混沌か深謀遠慮(しんぼうえんりょ)か…)であったかを紹介しながら、組織創りと人との関係をみつめていきたいと思います。
まず那須平成の森の開園準備に携わったメンバーの構成について触れてみましょう。那須平成の森が開園する前年の2010年、準備業務を始めるに当たり一社でこの事業を抱え込むことはなかなかに困難だろうと、私は考えていました。国(環境省)のビジターセンターのソフト部分をゼロから創り上げること、日本の同様の施設が恐らくそうであろう“情報提供型”なのに対し那須平成の森は“自然体験重視型”であること、頻繁にガイドウォークなどの事業を実施するために何人ものプロのスタッフを配置しなければならないこと、環境教育普及の意味合いを持たせること、自然体験活動における人材(指導者)育成の拠点とすること、などなど日本には無いものが“てんこ盛り”に望まれていたからです。宮内庁(皇室)から受け継いだ土地であることも心のどこかでプレッシャーになっていたかもしれません。この課題を解決するには、私たちに足りない部分を補って協働してくれる人や集団を集める必要がありましたが、これには今まで培ってきた人的ネットワークが役に立ちました。結果的に複数の知人に声を掛け快く協力に応じてくれることになりました。人件費に余裕はなく多くの人の助けは望めません、集まってくれたのは少数精鋭の次のような人たちでした。
□自然教育研究センターより1名。インタープリテーションの専門家。アメリカの国立公
園事情に詳しい。
□帝京科学大学より1名。インタープリテーションの専門家。アメリカの国立公園事情に
詳しい。
□リードクライム社より1名。環境教育プランナー。事業の企画立案、プランニングの専門
家。
ここに、元請けである私たち公益財団法人キープ協会(以下、キープ協会)と環境省の担当者を交えてのチームです。キープ協会からは筆者を含め2名が常任し、事務方として他に1~2名。いずれも環境教育、インタープリテーションの専門家です。
しかし、チームとは言え組織が違いますからいつも会えるわけではありません。普段は電話やメールでのやりとりで済ませ、メンバー全員が直接顔を合わせるのは「現地調査」の時だけでした。具体的には、5月、9月、11月、1月にそれぞれ3日間ずつ、季節を変えて4回の計12日間だけでした。あとは個別にピンポイントで会うしかありません。余談ですが私はそれ以外に毎月1回計12回環境省との定例会議に参加して、情報をメンバーにつなぐパイプ役を担当しました。
次にこのチームの特長を上げてみましょう。まず環境教育、インタープリテーション、プランニングの専門家の集まりであるということ。次にメンバーは日頃から共に仕事をすることも多い関係であり、気心も知れていたこと。異業種のメンバーもいるので互いに分からないことは補い合えること。そしてコミュケーションスキルが高かったことが功を奏して齟齬なく準備作業を進められたこと、これらが大きな長所となったのです。
更に細かく深堀りしましょう。準備を進める中で重要だったことが国(環境省)のビジターセンターのソフト部分をゼロから構築しなければならないこと、と先に述べました。しかし日本に手本となるものはありませんでした。この全くゼロという状況を私たちは逆にチャンスと捉え、「日本ではまだやっていないことをやろう」を全体のコンセプトにしました。「インタープリテーション計画」を作ることがその最大のものです。アメリカの国立公園事情に詳しい2人がその計画つくりに大きな力となったことは言うまでもありません。次に、複雑に絡み合う多種多様な業務をうまく整理整頓して見やすくし道筋を付けて行く役目、プランナーの力です。三つ目に、私を含めキープ協会のメンバーは全体の動きをタイムスケジューに沿わせ、生まれていく果実を取りまとめていく役割を担いました。メンバーの特色を活かした三位一体の体制が整っていたこともチームの大きな力と言えるでしょう。
では、なぜ準備業務が順調に進んでいったか考えてみます。わずか1年と言う準備期間と頻繁に会うこともままならない条件の下で相応の成果を残すことができた理由は、同業者・異業種のメンバーから出たさまざまな考え方やアイデアを融合できたことで、それにより新たな化学反応のようなものが生まれていたことと、あとはチームワークの良さでしょうか。チームワークについては補足しておかなければなりません。それはメンバーが環境省の主催する「自然解説指導者研修(1992~2010年)」において、「体験学習法」という学びの分野で間接的に何年も関わってきたことに関連します。体験学習法とは簡単に説明すると、「今ここで体験したことを、(間をおかず)観察し[ふりかえり]、分析し[考える]、一般化する[次に活かす]ことで、人間の成長を促す」という教育手法(学習法)です。チームのようなグループ活動ではチームビルドのためにこの手法が有効であることは言うまでもなく、自然体験活動の分野でも「体験をふりかえる(まとめ)時間」にとても役立ちます。更に、“傾聴の大切さ”、“人への伝え方”、“グループ内の意思決定の方法”、“集団の中に現われる様々な欲求”などコミュニケーションに関わる項目も研修に多く含まれていました。自己や他者とのコミュニケーションの取り方を理論的・実践的に学ぶことは指導者にとってとても重要なことで、この研修がまたとない機会となりました。私たちは体験学習法の講師からこれらについて多くのことを繰り返し学んでいた(― 私たちも講師でしたが、自然環境教育の分野にいた私たちにとっては(少なくとも私には)“目からウロコ”の話も多くありました ―)ため、自ずとその学びの効果が那須平成の森の準備作業(チーム活動)で発揮されていたに違いありません。
最後に今回のテーマについてまとめていきましょう。今号を締めくくるに当たり、お手本のないもの(今号の場合は「組織」)をゼロから創り上げていくには何が必要かと問われたら、私は次のように応えます。那須平成の森に限った話ですが、即席チームではなく長年の間に培ってきた関係性の良好なメンバーが集まっていたことが筆頭でしょう。そこに、創造性・想像性・フットワークの軽さといった頭も体も柔軟であること、それぞれの専門性が高いこと、自分の役割を的確に認識していること、ゼロからものを作り上げる高いモチベーションと集中力があること、といったことが加わり、それが私たちには必要だったのです。
2021年、那須平成の森は開園11年目を迎えました。振り返れば、立上げ準備の仕事がそこそこ精度のあるものであったからこそ、開園から現在に至るまでお客様からの評価が高いのではないかと思います。「仕込み8割」とはうまく言ったもので準備の如何次第で仕上がりの状態が決まるものだと実感します。今は開園準備の年に組んだチームの時とはメンバーも変わり、全く違う文化を持つ組織へと変貌しました。しかし組織の中を縦にも横にも動き回れるスタッフのフットワークの軽さはその時から引き継がれた遺伝子とも言えるでしょう。
さまざまな人とのつながりによって新しい組織は創られ成長していく、那須平成の森はこのようにして今ここにあるのです。