「自然科学とインタープリテーション」。この組合せは、那須平成の森を始め各地の自然学校で行っている、いわばインタープリテーションの王道とも言えるものです。ここでは、更に自然科学以外の要素を加えた、複合的なインタープリテーションを考えてみましょう。例えば、「自然科学と(日本)文化とインタープリテーション」です。この文化と言う言葉は、簡単に説明できない抽象的なものですが、具体的な例を挙げながら紐解いていきます。
一旦、日本のことは忘れましょう。地球全体の人類史を遡っていくと、人類が育んできた文化は自然(物)にルーツがあることが垣間見えてきます。例えば、原始的な「宗教」儀礼では、鳴り物に石や木を使い、動物の皮を太鼓に張り打ち鳴らしていたことが遺物や壁画などからも読み取れます。天体の動きを正確に知り、それによって吉兆や豊作不作を「占星術」として占ったりもしています。エジプトの象形文字や中国の甲骨文字などの古代「文字」には、動物や鳥の絵柄がそのまま、或はデフォルメされて文字が作られてきました。甲骨文字は、日本の漢字の起源であることは言うまでもありません。調べれば、まだまだ自然と文化の接点は数多く見出せることができるでしょうが、世界各国の文化の原点には自然との結びつきが不可欠だったことは、想像に難しくありません。
一方、日本に目を向けてみましょう。今度は、日本における文化と自然のつながりについての話です。日本文化と自然が関係しそうなものと言っても沢山存在するかと思います。ここではその一例として「家紋」を挙げてみます。皆さんの「家」にも家紋があるかと思います。ちなみに我が家の家紋は、「丸に梅鉢」という自然柄です。家紋は元々貴族や武家の家柄に作られたものですが、江戸時代頃からは一般民衆にも広まっていったと考えられています。紋のモチーフは、動物、鳥、昆虫、植物などの自然物の他、扇、ろうそく、糸巻、ハサミ、鼓、羽子板など庶民の生活に密着した雑貨類も数多く用いられています。これらの素材を、主に丸い枠の中にデザイン化して書きこむのが家紋の定型となります。
さて、ここからは、インタープリテーションにも加わってもらいます。私たちが作った自然体験(インタープリテーション)プログラムの中には、この家紋からヒントを得た「家紋つくり」(プログラム名:マイ家紋)があります。これは、自然物を良く観察し、デザイン(デフォルメ)して自分だけの「紋」を作るというものです。まずは、実際の家紋の絵柄と家紋名をそれぞれコピーしたものをバラバラに置き、絵柄と名を一致してもらいます。例えば、某国内航空会社のマークにそっくりな鶴柄の家紋名は、「光琳鶴の丸」という具合に。ゲーム感覚で楽しめるので、難しそうだなという緊張感はほぐれます。次に自分の家紋にしたい自然物を観察しに行きます。そして、鉛筆で下書きへ。デザインが完成したら、筆ペンや黒マジックで彩色していきます。黒と白の反転をうまく考えないと失敗するのでここは慎重に。最後に、オリジナルの家紋名を入れて完成。制作年月日も忘れずに。参加した全員でお披露目会をすると、なかなかの出来栄えに皆感心しきりです。1時間ほどかけてじっくり行います。
マイ家紋の作品たち
改めて江戸時代の家紋集を見てみると、その観察眼とデザイン力に脱帽します。家紋の裏に隠れているメッセージや昔の人たちの思いが、現代人の私たちにも伝わってきます。まさに、日本版インタープリテーションのひとつと言えるのではないのでしょうか。現代に時を移して、私たちが「マイ家紋」というプログラムを実体験することを通して、日本人の感性の豊かさ、またその遺伝子が我々の心の中にも脈々と息づいていることに気づくことができるのです。
この他に私たちが日本文化的なものを取り入れたものには、漢字一文字を使って今の気持ちを表現するもの、自然物を使っておいしそうな料理(もどき)を作るもの、木の枝を剪定して作る「マイ箸」作り、室町時代に生まれた贈り物を和紙で包む礼法「折形」で作る「箸袋」、子どもの健やかな成長を願う魔除け「背守り」を針と糸を使ってオリジナルで作るもの、注連縄に代わる縁起物「宝来」作り(切り紙細工)、日本古来より慶弔時に使われた「水引」を自然物を使って作るもの、また花鳥風月がデザイン化された「花札」を使った展示物の制作など、自然科学とインタープリテーションをつなぐ日本文化の素材を数多く発掘してきました。
マイ箸と箸袋
インタープリテーションの素材:背守り
インタープリテーションの素材:宝来
インタープリテーションの素材:水引
インタープリテーションの素材:花札
このように見てきますと、自然科学と文化的なものを組み合わせることで、「日本型インタープリテーション」が成立するのではないかと考えることができます。角度を変えれば、世界中の国々の文化と自然科学を融合すれば、その国の数だけインタープリテーションの幅が広がるとも言えるでしょう。自然科学だけではなく文化的要素を加えることで私たちの感性も育まれるように思います。自然科学と感性、水と油のように両極にあるものが自然体験(インタープリテーション)と溶け合うことによって、それは私たちに学びの効果をより深めてくれるのは間違いないと思わせてくれます。
自然と文化、一見つながっていないと思われがちな両者です。しかし、人類が長い年月をかけていつくしみ続けてきた自然を自分の体に浸み込ませていった結果生まれた賜物、それが文化ではないでしょうか。自然から生まれてきた文化とは何か、それを学ぶことは(古代から現代の)人々と自然との密接な関係性を知る良い機会だと思うのです。また、人間のあり方そのものを見つめ直すことに他ならないように思えてなりません。