初回から前回までの連載では、那須平成の森を作り上げていく上で根幹をなす事柄について触れてきました。書籍であれば、第1部に当たりますが、今回からは次の展開(第2部)に入っていきます。内容面では、これまで那須平成の森の体幹の部分に触れてきたことに対し、これからは隅々まで行き届く栄養素や体力に必要な筋肉のような、より細部にわたった具体的な取り組みについて述べていきたいと思います。
インタープリターが実施するガイドプログラムを始め、その他の自然体験プログラムの質を一定の水準に保ち続けることは、那須平成の森にとって抱え続ける課題になるだろうと開園準備の頃から想定していました。公的施設である那須平成の森は、競争入札という制度の元では入札毎にどのような団体(組織)が業務を請負うかは分かりません。那須平成の森のような専門性の高い業務は、運営団体が交代した際に起こる変化がどういうものになるのか、それを考えることは想像に難くはありません。ガイドプログラム等の質に差異を生じさせないための工夫を整えて、この難問を少しでも軽いものにしておきたい、と開園準備のワーキンググループはあれこれ思案をしました。例えば、ガイドプログラムについて、請負団体が変わってもある程度プログラムの質を維持できる仕組みを考えたのもそのひとつです。以下、その概要です。
○プログラムの流れ
「移動を伴うガイドプログラム」「定点的に行う体験プログラム」のいずれに関わらず、プログラムには時系列に「流れ」があります。私たちはそれを、「つかみ」「本体」「まとめ」とか「導入」「展開」「まとめ」などと言います。「つかみ」では“人を知る”“緊張感をほぐす”といった、言葉かけ・自己紹介・短いアクティビティなどを行い場を和ませ、プログラムに入る動機づけとなる大切な時間です。「本体」はその言葉の通り、インタープリターが参加者に“気づいてほしいこと”“伝えたいこと”を体験してもらったり解説したりします。「まとめ」は、参加者の感想を拾いインタープリターの思いやメッセージを発して、インタープリターが全体を締めくくる時間のことを言います。これらの流れがきちんとできるようになると、プログラムはスムーズに進行でき、参加者の心に響きやすくなります。
○プログラムのねらい
「そのプログラムは何のためにやるのか」を決めておかないと、そのプログラムは単なる遊びやレクリエーションで終わってしまいます。環境教育という限りは「ねらい(目的)」が必要となります。ねらいは、「思い(メッセージ)」「成果目標」「行為目標」や「テーマ(メッセージ)」「ゴール(目的)」「オブジェクティブズ(目標)」という言い方をします。ひとつのプログラムには、思い、成果目標、行為目標の3つが揃っていなければなりません。このねらいは、必ずしも参加者にそのまま伝えなければならないものではありませんが、事前にシートなどに書き起こしておくと、後でふりかえる時に便利です。文章にするなら次のような感じです。「○○を体験することを通して(行為目標)、○○ということに気づいてほしい(成果目標)。それにより、私は皆さんに○○ということを伝えたい(思い)のです」。一見、簡単そうに思えますが、ねらいの設定は経験が少ないとなかなか作れず、そこがインタープリテーションの奥の深さということにもなるでしょうか。
○「解説ユニット」と「テーマ外トピック」
「解説ユニット」というのは、那須平成の森を特長づける生物相について、種毎に基本的な生態からその生物独特のユニーク生態までを調べ上げ、シートにしてスタッフ共有の資料にしたものです。その中には、「ユニットの概要」・「解説素材」・「アクティビティ」「ワークシート」・「ガイドプログラム用にビジュアル化(イラストや写真)したフリップ資料」・「標本」・「文献リスト」といった項目が含まれています。実際にプログラムに使用するものは、複数セット配備しておき、同時に複数のインタープリターが同じ資料を使いたい時でも不足しないようにしておきます。インタープリターは全員同じ情報を共有でき、一定の基準に沿ったガイドを実施できるのです。この「解説ユニット」は、ガイドプログラム実施時は必ず使用することがルール付けられていて、2時間のガイドプログラムであれば、3つ程度の「解説ユニット」を使用することになります。例えば「植物の遷移」ユニット、「ツキノワグマ」ユニット、「キツツキ」ユニットといった具合です。これをマスターしておけば、どのスタッフもある程度均一のガイドができる訳です。後は自分なりに調べて、ユニットに厚みを加えていくことで、ガイドそのものも深みのあるものになっていくのですが、そこがインタープリターの腕の見せ所となります。
「テーマ外トピック」は、「解説ユニット」と「解説ユニット」の間、つまり移動している間に出現する、その時々の自然物についての解説のことを言います。「解説ユニット」の内容は季節で変わることはありませんが、「テーマ外トピック」はガイドする度に変わってくるので、インタープリターたちは日頃からフィールドワークを欠かすことができません。「解説ユニット」の組み合わせ方はインタープリター毎に違い、「テーマ外トピック」も同様ですから、参加者にとってはバリエーション豊かなガイドウォークが楽しめるという訳です。
解説ユニットの資料(中央)を使ったガイド
ここまで説明してきたように、「プログラムの流れ」、「プログラムのねらい」、「解説ユニット」の3点について理解あるいは整えることで、請負団体が変わってもある程度プログラムの質を維持できることになる訳です。実際に運営団体が変わらないと実証できませんが、9年間運営しながらこの仕組みを運用してきた経験では、まずまずうまくいく仕組みではないかと考えています。ただし、この3点だけ引き継ぐことができてもそれで那須平成の森の運営管理を全てできるというものでもありません。他の運営団体にスムーズに引き継げる仕組み作りは、我々が考え続けなければならない最重要課題です。これについては那須平成の森運営全体の質の維持というテーマで、いずれ触れていくことになると思います。