自然学校の運営には、インタープリテーション計画、フィールド、プログラム、拠点となる場所(施設)、そして人材が揃っていなければなりません。特に、インタープリテーション計画が那須平成の森の運営管理の根幹であることは前述した通りです。しかし、いくら計画が立派でもそれを具現化していく様々な条件を揃えておかないとまさに計画倒れとなってしまいます。今回はその中のスタッフの人材育成について触れていきたいと思います。
自然の中で働きたいという人の中には、自然は大好きだが人との関わり合いが苦手だという人もいます。私は、那須平成の森で働きたいと訪れる人に、「私たちは確かに自然を相手に仕事をします。ただ、自然の素晴らしさや危うさなど自然界で起こっていることを伝える対象はあくまでも『人』です。ですから、インタープリターの仕事は人と接することが好きで、なおかつコミュニケーションを円滑に取れる人が向いているんですよ」と話します。自然か人かどちらか一方では務まらないのです。
では、このような人たちをどのように育てていくのか。私たちの仕事はインタープリターという専門職です。専門職でありながらそれを学ぶ学校や機関はありません。よって資格もありません。親方に弟子入りして一人前に育てられて独り立ちしていく、いわば職人制度のようなものです。格好よく現代風に言えば、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)です。仕事をしながら教わり、実践し、技術を習得して成長していくやり方は今も昔も変わりません。日本では昔から「技術は親方の仕事を見て盗め」と言われたことが多かったと聞きますが、さすがに今はその方式は取りません。ちゃんと育成カリキュラムをシフトに落とし計画的にトレーニンングを行います。
スタッフの育成
カリキュラムは、大きく「目標管理と評価」、「環境教育総論・インタープリテーション総論」、「インタープリテーション実務トレーニング」、「コミュニケーション」、「リスクマネジメント」、「その他の内部・外部研修への参加」の6つに区別されます。順次ひとつひとつ見ていくことにしましょう。

那須平成の森スタッフ(2021)
○目標管理と評価
目標と言われると、ノルマを課せられるのかとか、後ろから追われているようで好きな言葉ではないと思う人もいるかと思いますが、組織にとっては重要な位置づけです。我が組織のミッションは何なのか? 何のため誰のために那須平成の森はあるのか?、それを正しく理解しておくことから人材育成は出発します。さて、那須平成の森では、目標と考えられるものは何と8つもあります。
1.入札説明書、2.仕様書
これは、環境省から示されるもので《方針》に当たります。入札毎に示されます。
3.インタープリテーション計画
これは、環境省の方針に基づいて私たちが作成するものです。構成は、「インタープリテーションの基本要素」、「主要プログラムと広報媒体」、「インタープリテーションのための情報の収集、集積、共有の方法」、の3つです。特に、一番目の「基本要素」は大切で、最初に述べられる「インタープリテーションの目的」は《理念》的なもので、遠くに煌めく的のようなものです。更に「インタープリテーションのテーマ(これはメッセージ、思い、と捉えてください)」、「(那須平成の森に訪れる)対象者の想定」、「望まれる「参加者の体験」」、「インタープリテーションの手段」、「以上の諸要素の関連付け」、と続きます。後になるほどより具体的な計画が書かれています。私たちにとっては憲法のようなものですが、憲法であっても、凡そ5年毎に見直すことにしています。
以下は、《具体的目標》となります。
4.提案書業務、5.業務計画書
私たちが作成するもので、提案書は入札毎に、業務計画書は毎年、それぞれ環境省に提出
するもの。
6.インタープリテーション活動計画(一覧表)
スタッフの職務分掌中で「インタープリテーション」の責任者が、全スタッフに向けて提示するもので1年間の具体的活動を示した目標です。毎年更新します。
7.年度目標
スタッフ全員で作成する那須平成の森の目標です。与えられた目標ばかりではなく、主体性のある目標を立てて自らのモチベーションを上げるねらいがあります。我々はチームとしてどう成長していきたいかを具体的に示すもので、必ずしも業務にリンクしなくても良いことにしています。評価軸、定量目標、定性目標、担当者(チーム)を明確にします。毎年更新します。
8.個人のアクションプラン
スタッフ個人が作成する自分に向けた目標です。行為目標、成果目標を明確にします。毎年更新します。

年度目標設定のワークショップ
1と2は完全に他者から与えられた目標。3から5までは那須平成の森の請負団体の責任者が中心となって作るものですが、一般のスタッフからみると、どちらかというと与えられた目標になります。6から8までは、スタッフ自身が作ったもので自らに責任がある目標ということになります。特に、7の年度目標と8の個人のアクションプランを作るようにしたのは明確な理由があります。それは、若いスタッフが業務の忙しさのあまり仕事をふりかえる余裕がなくなったり、何年か働く内に組織が何を目指し自分が何のために働いているのかが分からなくなってしまう、といった事例が増えてきたことに、ある時私自身が気が付いたのです。“すがれるもの”、“頼れるもの”を目標という言葉で表現していいのか分かりませんが、恐らくそういったものがないと人は不安になるのだと。その経験があって以来、スタッフ自らが主体性を持って目標を立て、成果を評価する仕組みを考え、始めたのです。そういった理由から那須平成の森では開園当初からこの目標作りを行っているのです。
立てた目標には必ず結果が伴いますので、それは評価しなければなりません。やったかやれなかったかで評価できるものは日常的にチェックができますが、7の年度目標と8の個人のアクションプランは成果が見えづらくなるので、評価のための時間を特別に割くようにしています。
年度目標の評価方法は次のようなものです。まず、年度目標は1月に全員で次年度の目標を立て一覧表にして全員に配布します。年度が改まったら、各担当毎に目標達成に向けて活動を始めます。上期が終わり10月になったところで、進捗状況を評価するミーティングを持ちます(中間評価)。このミーティングを以降毎月行い、3月に最終的な評価をして終了します。これを毎年繰り返していくことになります。
個人のアクションプランは、4月にセンター長に提出され、個人面談を行います。その際は、前年度のアクションプランに対する評価と当年度のアクションプランについてのフィードバックを行います。10月にも個人面談を行い、上期の達成度を評価し、下期に向けたアドバイスを行います。
○環境教育総論・インタープリテーション総論
新人スタッフに対し、第一番に講義されます。那須平成の森は、自然体験を通した環境教育普及啓発の場であり、インタープリテーションという手法を通して、人々に環境問題に対して一歩前に踏み出せるようなメッセージを伝えていくこと、それが仕事であることを教授します。
○インタープリテーション実務トレーニング(「事業企画の立て方」を含む)
様々な自然体験をプログラム化する際、各自は、事前に認可を得た企画書に基づいて、プログラムシートと言って、「プログラムのタイトル」、「ねらい([思い、成果目標、行為目標]あるいは、[テーマ、ゴール、オブジェクティブズ])」、「プログラムの流れ(つかみ、本体、まとめ)」、「内容」、「時間配分」、「リスクマネジメント」、「留意点」等をまとめたものと、「収支予算」を書いたシートの2種類のシートを作ります。作成する過程において他のスタッフに何度も相談し改善を加えながら精度を高め完成していきます。新スタッフの企画や特別な企画プログラムについては、センター長の評価まで必要となります。このようにして企画力を高めるトレーニングを積んでいきます。なお、新スタッフに対しては、企画を立てるに当たって「企画とは」「企画の立案の方法」についての講義を行い、企画書の書き方を学んでもらいます。

立てた企画の発表風景(研修)
プログラムの実施について。新スタッフの登竜門的プログラムとして「30分無料ミニプログラム」があります。採用されて初めて自分で作りお客様相手に実施するのがこのプログラム。前述のように企画化されたものをプログラムとして実践する際には、プレ実施と言ってスタッフをお客様に想定して実施し評価を受けます。何度か改善を繰り返してようやくお客様の前でデビューすることになります。この際も、何度かはもう一人スタッフを同行させて成果を見届けます。また、5時間以上を費やして実施する「特別プログラム」については、より綿密な企画が必要になるため、スタッフ2名体制にして企画に不備がないか点検を繰り返しながら企画を詰めていけるような仕組みにしています。このプログラムを1年目のスタッフに主担当をさせることはありません。
その他、ガイドウォークやその他の自然体験には共通して、つかみ(導入)、本体(展開)、まとめの「3つの流れ」があることや、説明型、やりとり型、参加者主体型の「3つの型」があること、サイエンスの視点、感性の視点を通したプログラムがあることなどを、プログラムの体験会(トレーニング)の場を通して伝えていきます。なお、那須平成の森のガイドウォークプログラムの特長のひとつとして「解説ユニット」というものがありますが、これについては、別の回でご説明したいと思いますのでここでは触れません。

参加型プログラムのトレーニング
○コミュニケーション
文頭のところで、「インタープリターの仕事は、人と接することが好きで、なおかつコミュニケーションを円滑に取れる人が向いている」と述べました。ただ、自分のコミュニケーションの取り方について意識的に考えたことのある人は少ないのではないでしょうか。ましてやコミュニケーションに特化したトレーニングに至っては未経験の人も多いはずです。

限られた情報から課題を解決する
「合意形成」実習(コミュニケション)
南山大学に人間関係研究センターという研究機関があります。そこでは体験学習法という学びの分野の中で、数多くの「コミュニケーション」に関する研究が行われています。南山大学をはじめ多くの研究者によって、さまざまなコミュニケーションに関わる実習メニューが開発されていて、企業研修などでも取り入れられています。私たちが体験学習法を取り入れたのは環境省の自然解説指導者育成事業(1992年~2008年)でした。ある体験学習法の講師から「自然体験活動の指導者は、活動の中で「体験を通してふりかえり何が起こったかを考え分析し、次に活かす」という体験学習法の考え方を上手に取り込むことで、指導する本人だけではなく参加する一般の人たちにも環境教育としての学びの効果を発揮できるのではないか」、また「グループの意思決定、集団に現われる3つの欲求(MIT)、グループプロセス、合意形成、傾聴法、チームビルドなどといったキーワードが含まれた数多くの実習プログラムが、スタッフ間や他者とのコミュケーションスキルを向上する上で効果的である」と教えられました。それ以来、指導者育成研修やスタッフ研修では体験学習法やコミュニケーション実習は必要不可欠なものとなっています。
○リスクマネジメント
リスクマネジメントについての人材育成については、前回(第4回)に詳述しているので、今回は割愛します。
○その他の内部・外部研修への参加
スタッフの中には、プロジェクトワイルドやNEAL研修の講師資格を有する者がいるので、必要に応じて内部研修を実施して資格取得をさせています。その他、地域を知る目的で周辺地域の自然・文化・歴史遺産等の視察見学も行っています。
外部研修では、環境教育清里ミーティング(山梨県清里)、つなぐ人ミーティング(山梨県清里)などに参加させる他、同業他社のプログラムに参加することで、外のプログラムを通して自分のプログラムを評価する研修を行っています。また、スタッフ自らが探した研修、ワークショップには極力参加できるよう、スタッフがより広い視野で社会を見れるように心掛けています。
ボランティアの育成
私自身の研修経験を通して、ボランティアをコーディネートすることの難しさの事例がいかに多いかを実感していました。そのことから、那須平成の森では広くボランティアを募ることをしていません。ボランティアさんは、長くその施設、フィールド等で活動を続ける方が多い傾向にあります。その一方で、受け入れる側が頻繁に人が入れ替わったりすると、ボランティアさんのマネジメントが困難になってくることが多いのです。
そこで、那須平成の森では、栃木県内で過去私たちが携わった指導者養成事業で研修に参加した人に呼びかけ、ボランティアとして運営に関わっていただくようにしました。この方法の利点は、その人との関係性ができていること。環境教育やインタープリテーションの講義や実習の体験があること。これらにより、一定のレベルが維持されることになることです。彼らには、新たに30分無料ミニプログラムを企画立案してもらい、自らが指導者の立場で来園者と向き合ってもらいます。ただ単にボランティアという位置付けだけではなく、インタープリターとしてのスキルアップをボランティアの目的のひとつにしています。欠点は、多くのボランティアの方に協力していただくことができないことです。
ここまで様々に述べてきましたが、人材の育成は本当に難しいものです。手強いと言ってもいいでしょうか。スタッフにはそれぞれ人格があり、個性があり、年齢や経験値も様々です。価値観も違います。同じ研修カリキュラムを組んでも人が違えばプロセスや結果は千差万別です。まさに学校のようで、彼らの成長に悩んだり嬉しかったり。人間は自然以上に複雑で不思議で面白く興味深い生物です。しかし、普段は意識しませんが、そもそも人間も自然界の一部、生物多様性の中にいるのだから興味深いのは当たり前といえば当たり前のことなのでしょう。話がそれてしまいましたが、冒頭にも述べたように、自然学校の運営には、インタープリテーション計画、フィールド、プログラム、拠点となる場所(施設)、人材の5要素が必要で、それぞれの要素には重要な役割があります。人材(スタッフ)の役割は、他の4つの要素をうまく活かし、那須平成の森に訪れる人々に自然体験(インタープリテーション)を提供することを通して、いかに効果的な環境教育を行えるかどうか、ということです。自然学校にとって、いかに難しく時間と手間がかかるものであっても、「人を育てることは最も大切にすべき位置づけのひとつである」所以はそこにあるのです。
※第6回は「地域との関係 ~個と個の関係から築き始めた、ゆるやかな地域連携~」です。(掲載日未定)