今号は前号に引き続きこの連載の総まとめです。
最終回は「那須平成の森の作り方」と題しました。作り方と簡単に書きましたが、“自然学校はマニュアル的なものを読めばその通りうまく作れる、というものではない”ことは、本連載を読めばお分かりいただけたことと思います。連載の全体が「那須平成の森という自然学校の作り方」そのものだった訳で山あり谷ありの連続でありました。連載は那須平成の森の作り方を記したものではありますが、“自然学校立上げマニュアルではない”のです。自然学校は一般論としてのマニュアル作成は難しいのかもしれません。どれひとつとして同じ形態の自然学校は無いと思うからです。もし作れたとしても、表面的で雑駁な内容となるでしょう。
今号では那須平成の森という自然学校の作り方について、改めて連載全体のおさらいをして、皆さんのご理解へとつなげていきたいと思います。マニュアルではありませんが、どこかひとつでも参考になる部分があれば幸いです。
那須平成の森の作り方を整理するためには、本連載の各回のタイトルを振り返ってみると分かりやすいと思います。ここではタイトルの主題と副題をつないで多少文言を整え、連載の順に箇条書きします。
(1回)1年間の準備期間を経て、ゼロから始める自然学校
(2回)那須平成の森の運営管理を包括的に計画する、インタープリテーション計画
(3回)開園に向けた、管理運営システム作りとスタッフトレーニング
(4回)安全管理(リスクマネジメント)、避けることのできない自然界の危険に備える
(5回)人材をどのように育てるのか、開園後のスタッフ育成
(6回)個と個の関係から築き始めた、ゆるやかな地域連携
(7回)(※第7回「5年で見直すインタープリテーション計画」の内容は第2回に吸収し
ているので本文はありません)
(8回)人材を世に送り出す役割を担う、(自然)学校としての那須平成の森
(9回)ガイドウォークの質の維持に必要なもの、プログラムの仕組み
(10回)自然科学の要素が濃いインタープリテーションに日本文化的要素を融合してみ
る、日本型インタープリテーション
(11回)那須平成の森モデル「自然体験活動における指導者養成システム」
(12回)培っておきたい人と人とのネットワーク
(13回)那須平成の森の品格とはなんだろう?
(14回)那須平成の森を将来に渡って質を維持向上していく方法(マスタープランの必
要性)
(15回)那須平成の森の作り方、特にインタープリテーション計画の「目的」と「テー
マ」
1回~6回は、自然学校を立上げるためには必須条件となることを述べました(予算の立て方については触れていません)。是非とも検討していただきたい項目ばかりです。8回~10回の各テーマは自然学校によっては取り入れていただいても良いのではないかという内容です。そして11回~13回は各項目共、那須平成の森に特化した内容となっていてあまり参考にならないかもしれませんので、そういうものかとお読みください。14回、15回については、まとめとして再びどの組織でも重要な項目を取り上げました。
ちなみに“立上げ時に”と書きましたが、厳密には既存の施設であっても何らかのタイミングで施設の設置目的を考えなおす必要性に迫られたとか、施設をリニューアルする機会が訪れたなどの際には、この那須平成の森の作り方の中で参考になる部分があるかもしれません。
ところで、自然学校を立ち上げる際に特に強調して検討していただきたいことがあります。それは連載の第2回「那須平成の森の運営管理を包括的に計画する、インタープリテーション計画」の中で述べた「インタープリテーション計画」の作成です。その回の本文中でも触れている「インタープリテーションの目的」、「インタープリテーションのテーマ」は絶対に外せない項目です。出来得れば、合わせて「対象者の想定」、「望まれる「対象者の体験」」も同様に重要視してほしいものです(各項目の詳細は、本連載の「第2回」を参照)。
「目的」というのは“ゴール”や“成果目標”です。我が施設はどこを目指すのか?、はるかかなたに輝く星のような、あるいは目指すべきフラッグのような存在です。それ故に、抽象的な表現にもなります。「テーマ」は、“メッセージ”や“思い”のことです。来訪者に伝えたい最も大切な考え方を現した文章で具体性を帯びてきます。「目的」と「テーマ」に沿ってプログラムや展示の計画が立てられていきますので、施設にとってはこの2つは外すことができません。
また、連載の第2回「那須平成の森の運営管理を包括的に計画する、インタープリテーション計画」に書かれている全ての項目は、それぞれがリンクし合いながら作られています。つまり相互に全てがつながっている訳で(要は、結局外せる項目はひとつもないということになります)、つながっていないものがあるとすれば、まず「なぜだ?」と疑ってかかることになります。そのつながりの大本が「目的」であり「テーマ」でありますから、例えば皆さんが訪れた自然学校などの施設でプログラムや展示に何らかの違和感を覚えた場合は、恐らくその施設にインタープリテーション計画やそれに類するものが無いのだろうと思うか、或はインタープリテーション計画と実際に実施していることにズレがあるのではないだろうかと感じるかもしれません。そんな時、私は、自分の施設はどうだろうか?、と思わず直観的に我が身をふりかえってしまいます。「目的」と「テーマ」の設定、全ての項目が相互にリンクし合っていることへの意識付け、これらのことを肝に銘じておきたいものです。
次に「目的」と「テーマ」は永遠に不変かどうか、です。皆さんはどう考えますか? 例えば、とある県立の公共施設で施設の設置要綱が条例で決められていたとします。設置要綱に「目的」や「テーマ」が書かれていたとするならば、それを変更するには議会で協議され変更案が可決されなければなりません。ハードルは大変高いものになり、変えるのは難しいと諦めの考えに傾いてしまうかもしれません。
一方、那須平成の森の場合、答えは「可変」ということになります。なぜなら、私たちはインタープリテーション計画の中で「(この計画は)概ね5年毎の適用期間を想定した。インタープリテーション計画は社会状況や人々のニーズの変化に応じて修正の検討が必要になる可能性があるからである」と明記し、同時に環境省の了解も得ているため変更することが可能なのです。現在の那須平成の森のインタープリテーション計画は改訂第2版で3代目の計画です。改訂の都度「目的」と「テーマ」の不変・可変についても考えます。ただし、目的とテーマは「社会状況や人々のニーズの変化」によっても中々変わらないような不変性の高い表現になっていますので、修正するには余程何かが変化した場合となるでしょう。
ちなみに那須平成の森の場合、目的とテーマは開園以来10年間変わっていません。このように、インタープリテーション計画は可変の中においてもその度合いは各項目によって様々なので、時々計画を読み返して修正部分を精査しなければなりません。つまり、生き物を扱うような丁寧さが求められます。
最終回は「那須平成の森の作り方 ~インタープリテーション計画の「目的」と「テーマ」~」と題しました。作り方は過去の連載のタイトルを並べて振り返ってみましたので、気になる号を読み返して下さい。インタープリテーション計画の目的とテーマについては、大切なだけにくどい位念を押して記しました。まとめの回にこの話を登場させたということは、この連載で私が最も伝えたかったことのひとつであるということに他なりません。
インタープリテーション計画は那須平成の森のような自然学校・自然ふれあい施設だけではなく、動物園・水族館・美術館・博物館・歴史民俗資料館などの類似施設でも有って然るべきものです。或は、これら以外の施設でも必要な場合もあるかと思います。施設の規模は問いません。展示を開示したり自然体験プログラムを実施する際、人(インタープリター)が介するか、介さない施設なのかも関係しません。ご自分の施設にインタープリテーション計画が必要なのかどうか分からない場合は、この連載を読んでいただき皆さんの施設に置き換えてみて下さい。そして、もしかして必要かなと思った場合はインタープリテーション計画っぽいもの(目次でも良いです)をまず試作してみることをお薦めします。そうすることによって、自分の施設のやりたいことを正しく利用者に伝えていくためには、インタープリテーション計画の存在が不可欠だと確信することになるかもしれません。そうしたら本格的にインタープリテーション計画作成に取り組んで下さい。
少し前に、インタープリテーション計画は“生き物を扱うような丁寧さが求められます”と書きました。私はと言えば、次回の改訂に向けて時々インタープリテーション計画の読み返しを行っているところです。皆さんも作った後のメンテナンスをお忘れなくお願いいたします。
本連載は、私たちが那須平成の森の事業において開園準備に1年をかけ、開園してから10年を終え11年目(2021年5月22日より)の運営管理を迎えた区切りの年に、これまでの年月を振り返ってみるという位置づけで始めました。山あり谷あり、良かったこと反省すべきこと、起きたこと考えたこと、課題と解決策、クライアントである環境省との連携や環境省への要望、自然学校運営で外せないこと、はたまた那須平成の森の将来像などをとりとめなく書いてきました。まとまりのない文章、構成になりましたが、今後新たに自然学校を立ち上げる方、既存の施設のリニューアルに取り組む方、公の施設運営を請負っている民間の方などに少しでも参考になれば幸いです。
また開園してまだ満10年の若い施設ですが、立上げから10年間の記録を結果とプロセスを交えある程度書き残すことで自分なりに整理することができました。これから20年30年、100年と末長く続いていくであろう那須平成の森。未来の那須平成の森運営管理者の皆さんが、またその時々の那須平成の森の様子を何らかの形で語り継いでいただければと思います。私にはもう少しの間、那須平成の森でその未来に向けた道筋を付けるお役目が残っているようです。そしてそれに目途を付けたところで那須平成の森を後継者に託せればと考えています。
ここまでの数年とこれからの少しの年月を那須平成の森という舞台の序幕とするならば、裏方としての私の役割はあとしばらくで幕引となるでしょう。第2幕以降は、高みの見物といきたいものです。
完
この連載も大詰め、今号を含めあと2回をもって10年間のまとめとして完結したいと思います。今回は、まとめその1として「那須平成の森の将来像について」と題して進めたいと思います。
今回は那須平成の森を“長く質を維持して更に向上していくにはどうしていけば良いだろう?”という課題をテーマとします。
開園前年の1年と、開園後の10年と数か月(2021年7月現在)、公益財団法人キープ協会(以下キープ協会)が那須平成の森の運営管理者として業務を担当してきました。これまでの13回の連載の中ではその間に起きたこと考えたことなどその体験談を述べてきました。東日本大震災やコロナウイルスなど想定外のことも含め、体験できることは大抵体験し大きな経験となったのではないかと思います。しかし、那須平成の森として乗り越えなければならない「大きな壁」が残されていました。
その「大きな壁」とは何か、単刀直入に申せば“運営管理団体が代わった時に生じるであろうギャップをいかに早く埋め戻せるかを『事前に考えておくこと』”です。正確には、運営管理を交代するという体験の前の時点で、交代後に起こるであろう質の変化に備えるための十分な対策を講じておかなければならないということです。運営管理団体が交代したにもかかわらず業務の質は以前のまま維持されているようなバトンの受け渡し、これが理想の交代であるわけですから。ギャップを埋める、埋め戻さなければならないのは運営管理団体が交代することで生じる「質の差異」です。ここで出てくる最大の課題は、新しい運営管理団体自身で埋めきれない「質の差異を誰が埋めるのか」と「その誰かを雇用できる仕組み」の二つです。
さて、話は遡りますが、那須平成の森では2017年の秋頃から、「将来に向けての課題を整理する作業をしましょう」と私たちから提案し環境省と協議を開始しました。2017年という年は那須平成の森が開園して7年目、3期目の初年度という時期です。この時期は那須平成の森の運営管理も軌道に乗って安定してきた頃ですが、同時に今後の那須平成の森はどうあるべきかを考え始める時期に入ってきた頃でもあります。また2020年からの4期目をキープ協会が目指すか否か不透明な時期とも重なります。だからこそ、今、那須平成の森の課題を整理することで “今後の那須平成の森はどうあるべきか”や「大きな壁」について検討すべきだろうと会議を提案したのです。この会議を私たちは勝手に「戦略会議」と称し、コロナウイルスによりface to faceの会議が持てなくなる2019年の年度末まではかなりの頻度で行いました。課題として抽出したのは、これまでに述べてきたことも含め“今後の那須平成の森はどうあるべきか”、“運営管理団体が代わった時に生じるギャップに備える対策(「質の差異を誰が埋めるのか」と「その誰かを雇用できる仕組み」)”、“安定した経営“の3点に絞られてきました。
戦略会議での板書
では、ここからは戦略会議で検討されてきた課題解決のための議論や活動について紹介していきましょう。
まずは“安定した経営”という課題についてです。国家予算については国の施設の運営管理費は上がることはないのが通例であることから、自走できる方法はないかと考えました。自ら運転資金を生み出して経営に活かすという考え方です。例えば、NPO法人を立ち上げて認定NPOまで育て企業等からの寄付を募り易くし、それを那須平成の森の運営費用(職員の待遇面等)に充ててはどうかというものです。東京の「日本NPOセンター」に出向いてインタビューしたり、実績のある認定NPOの方にお話を伺ったりもしました。しかし、NPOを立ち上げるにはそれにかける熱意を持った人材が必要不可欠であり、地域にそのような人物がいるのかというハードルと、環境省としてその例がないことなどでNPO化の話は消えていきました。その他、公益財団法人化の議論もしました。クラウドファンディングも話題になりましたが、募金の受け皿の問題がありました。結局、自走化は難しいだろうとの結論に至っています。
日本NPOセンターでお話を伺う
次に“今後の那須平成の森はどうあるべきか”という課題です。開園時は「那須平成の森を無事に立ち上げて、軌道に乗せ、安定した運営管理体制を整えること」という『暗黙のマスタープラン』がありました。明文化されていないのですが誰しもが「そうだろう」と思う目標です。しかし、開園後数年が経ち安定期に入った頃、さて今後の那須平成の森をどうしていこうかと考えた時に、その重要なプランが全く考えられていないことに私たちは愕然とし戦略会議において検討することを提案したのです。少し話しが変わりますが、那須平成の森の目標の構造は次のようなイメージです。重要度別に上位から下位に向けて、①保全整備構想(永遠ではなくどこかで見直した方が良いと私は考えています) → ②マスタープラン(10年程度で見直し) → ③インタープリテーション計画(5年程度で見直し) → ④業務計画(毎年更新)、という順番です。この②番に当たるマスタープランンに“今後の那須平成の森はどうあるべきか”が示されなければならないのです。今後の方針が指し示されないことには、目的地がない航海に行けと言われているのも同然です。2021年、中長期的なマスタープラン構築業務が実施されそこで触れられることで決着しました。最終的には細かいチェックが必要だろうと私は考えています。
3つ目に「大きな壁」、つまり“運営管理団体が代わった時に生じるギャップに備える対策”(「質の差異を誰が埋めるのか」と「その誰かを雇用できる仕組み」)”という課題ついてです。新たな運営管理団体が優秀であったとしても、那須平成の森とは何か、といった根本論については入札資料や仕様書の文言の行間に隠れて全く顔を出してくれません。「那須平成の森論」というものがあるのであれば、それを新しい運営管理団体に理解してもらわなければなりません。ガイドなどの技術的なものは何とかなっていくものですが、理念やミッションの理解といった抽象的なものは何とかなるものではなく、きちんと伝え理解してもらう必要があり、またそれが職員全員に浸透しているかのチェックも同様です。ある程度時間をかける丁寧さが求められるのは教育と同じです。冒頭周辺で述べた「運営管理団体が交代したにもかかわらず業務の質は以前のまま維持されているようなバトンの受け渡し、これが理想の交代であるわけですから」というのはこのことを指し示しています。まだNPOの議論がされていた頃には、NPOの中に那須平成の森の教育機能を持たせるような話もありましたが、NPOの話が立ち消えとなったのは前述の通りです。
現在、教育に当たる人をどう選ぶかとその人の雇用の方法について、実現の可能性に近い考え方を取りまとめている段階です。ここで言う「人」というのは、「那須平成の森を熟知した人物」に他なりません。しかし、具体的には詰め切れていないというのが現状です。方法が確定した時にはご紹介できればと思いますが、いずれにせよ、質の維持をどう図っていくのか、その仕組みをどのようにして作るのか、この課題解決がいかに重要なことであるかお分かりいただけたでしょうか。
さて余談になりますが、戦略会議の中で企画し実施した「日光国立公園『那須平成の森』勉強会」についてご紹介しましょう。これは那須平成の森の抱える課題を環境省の職員の皆さんに知っていただこうと開催した勉強会です。2時間ほどの勉強会に多くの方々が集まってくれました。那須平成の森の現状と課題について詳しく説明をしましたが、環境省の1施設で起こっていることを「我が事」としてどれほどの方が捉えてくれたでしょうか。今では、環境省内部でも課題としての認識をしていただけるまでにはなったようですが、なかなか解決策が導き出されるところまで至っていないのが現実でもあります。
ここまで、長く質を維持し向上する方法について、いくつかの重要な課題と解決策について述べてきました。残念ながら自走については実現が難しいという結論に至りましたが、残りの2つの課題解決についてはゴールの明かりが針の穴程度の小さな光源から差し込んでいる感覚があります。その光源を見失わないよう、必死に目を見開いて食い付いていかなければなりません。今期中には方向性をしっかり見定め、次期の5期の間に試案と修正を重ね仕組みを整い終えられることができれば、6期目以降の運営管理団体の交代劇はスムーズにバトンタッチさせることができるだろと私は考えています。
本来なら契約期間が終わればそれで終了するのがビジネスですが、将来の那須平成の森のことまで考えてしまうのには理由があります。ひとつは、上皇上皇后両陛下の思い(「第13回那須平成の森の品格とはなんだろう」参照)から始まった事業を我々の代で頓挫させる訳にはいかないことです。二つ目に、那須平成の森の事業は環境省として試みた画期的な取り組みであるからこそ、これまで残してきた様々な成果を後任の運営管理者の皆さんに正しく引き継いでいきたいからです。
私たちの役割はまだ終わりません。The show must go on. 幕は下りずハイライトはこれからです。
2019年8月、那須平成の森では「那須平成の森運営方針」が策定されました。この方針は、『那須平成の森の運営に関する総点検を行い、「保全整備構想」の趣旨を最大限発揮していくため、2020年度以降の運営の中期的な方針についてとりまとめた』ものです。その中に記されている基本的な考え方には、『那須平成の森として必須なものは、元御用邸用地であった歴史を持つ森としての「品格」(元御用邸用地としての歴史、手つかずの自然、高品質のインタープリテーション)を引き継いでいくことであり、「品格」を支える観点として、地域と連携しながら持続的に上質なサービスを提供するため、「経営」と「地域」の観点での強化が今後必要である』とあります。文中に登場する「品格」がキーワードとなりますが、今回はこの言葉について考えてみたいと思います。
まず那須平成の森の品格を考える前に、一般論としての品格の意味について調べてみました。それによると、品格とは『よしあしの程度、感じられるおごそかさ、気高さ、上品さ、雰囲気のようなもので「具体的な表現ではなく」、その人や物の「周辺の状況を表す言葉」』と集約できました。具体的ではなく抽象的なことを表現する言葉であるということです。
品格の意味を仮にそう定義づけるならば、「那須平成の森の品格」についてその品格とは何かといった具体像を議論することはあまり意味をなさないと考えられます。ある関係者(と言っても那須平成の森のことはほとんどご存知無い方)に「那須平成の森の品格とはなんだと思いますか?」と尋ねたとところ、「皇室にゆかりのある森と言われても、森を見ても品格は感じない」とそっけない返事でした。確かにその通りだな、と思ったものです。一方で、ガイドウォーク体験者からは「御用邸用地の自然が皇室によって守られてきたことが、結果として豊かな森を育んだことになるのですね」とか、那須平成の森フィールドセンターの展示をご覧になった方から「展示が素敵ですね」などと言われることがあるのは確かで、どこかに「品」や「品格」を感じさせる“何か”が那須平成の森にはあるのかもしれません。前述した「那須平成の森運営方針」中の品格という言葉については短く説明がなされていますが、さすがにそれだけでは説明しきれていないように思います。改めて「那須平成の森の品格」を整理しておく必要がありそうです。そこで「品格を有する」という仮説の基に、次のように文章としてまとめてみました。
那須平成の森の品格
『私たちは那須平成の森には品格があると考えます。そのように考える理由は、御用邸用地の一部であった現在の那須平成の森は、約90年の間皇室によって守られてきましたが、天皇陛下(現在の上皇陛下)の「豊かで多様な自然環境を維持しつつ、国民が自然に直接ふれあえる場として活用してはどうか」とのお考えを踏まえ、様々な人々の努力と熱意で計画準備され国立公園として開放された森であるからで、那須平成の森を包み込む周辺の様子に品格を感じます。だからこそ、那須平成の森を守ることはその品格を維持していくことに他ならないのです。』
那須平成の森の「周辺の状況」を表してみようとまとめてみましたが、少しはその品格を表現するのにふさわしいものになったでしょうか。
今回は那須平成の森の品格などと自分の職場のことを持ち上げるような話で進んでしまいましたが、全くそういうつもりはありません。冒頭に記した「那須平成の森運営方針」の中で品格という言葉が取り上げられたことを契機に、改めて品格について考えてみようと思ったのが真意です。結果的には“そこで働く者の心構え”といった意味合いにまとまり、同時に那須平成の森の“目指す方向性の整理”にもなったと感じています。
天皇家の皆様には開園以来幾度となくご来園いただき、上皇后陛下から「整ってこられましたね」と短いながら大変嬉しいお言葉をいただきました。上皇陛下のお言葉を端緒として生まれた那須平成の森がそのお気持ちに寄り添う形で整備されつつあることに対する、陛下のお褒めの言葉ではないかと肝に銘じています。いわば、これも那須平成の森の周辺の状況を表したもので品格のひとつと言えるかもしれません。
これからもこの品格を維持していくため、那須平成の森のあり方について、そこに関わる様々な人たちと共に考え実現していかなければならない、今そのように気持ちを新たにしているところです。
さまざまな人とのつながりによって新しい組織は創られる。
今回はこれをテーマとして、那須平成の森を例に、ある自然学校の創成期(準備期)がどのような状態(五里霧中か混沌か深謀遠慮(しんぼうえんりょ)か…)であったかを紹介しながら、組織創りと人との関係をみつめていきたいと思います。
まず那須平成の森の開園準備に携わったメンバーの構成について触れてみましょう。那須平成の森が開園する前年の2010年、準備業務を始めるに当たり一社でこの事業を抱え込むことはなかなかに困難だろうと、私は考えていました。国(環境省)のビジターセンターのソフト部分をゼロから創り上げること、日本の同様の施設が恐らくそうであろう“情報提供型”なのに対し那須平成の森は“自然体験重視型”であること、頻繁にガイドウォークなどの事業を実施するために何人ものプロのスタッフを配置しなければならないこと、環境教育普及の意味合いを持たせること、自然体験活動における人材(指導者)育成の拠点とすること、などなど日本には無いものが“てんこ盛り”に望まれていたからです。宮内庁(皇室)から受け継いだ土地であることも心のどこかでプレッシャーになっていたかもしれません。この課題を解決するには、私たちに足りない部分を補って協働してくれる人や集団を集める必要がありましたが、これには今まで培ってきた人的ネットワークが役に立ちました。結果的に複数の知人に声を掛け快く協力に応じてくれることになりました。人件費に余裕はなく多くの人の助けは望めません、集まってくれたのは少数精鋭の次のような人たちでした。
□自然教育研究センターより1名。インタープリテーションの専門家。アメリカの国立公
園事情に詳しい。
□帝京科学大学より1名。インタープリテーションの専門家。アメリカの国立公園事情に
詳しい。
□リードクライム社より1名。環境教育プランナー。事業の企画立案、プランニングの専門
家。
ここに、元請けである私たち公益財団法人キープ協会(以下、キープ協会)と環境省の担当者を交えてのチームです。キープ協会からは筆者を含め2名が常任し、事務方として他に1~2名。いずれも環境教育、インタープリテーションの専門家です。
しかし、チームとは言え組織が違いますからいつも会えるわけではありません。普段は電話やメールでのやりとりで済ませ、メンバー全員が直接顔を合わせるのは「現地調査」の時だけでした。具体的には、5月、9月、11月、1月にそれぞれ3日間ずつ、季節を変えて4回の計12日間だけでした。あとは個別にピンポイントで会うしかありません。余談ですが私はそれ以外に毎月1回計12回環境省との定例会議に参加して、情報をメンバーにつなぐパイプ役を担当しました。
次にこのチームの特長を上げてみましょう。まず環境教育、インタープリテーション、プランニングの専門家の集まりであるということ。次にメンバーは日頃から共に仕事をすることも多い関係であり、気心も知れていたこと。異業種のメンバーもいるので互いに分からないことは補い合えること。そしてコミュケーションスキルが高かったことが功を奏して齟齬なく準備作業を進められたこと、これらが大きな長所となったのです。
更に細かく深堀りしましょう。準備を進める中で重要だったことが国(環境省)のビジターセンターのソフト部分をゼロから構築しなければならないこと、と先に述べました。しかし日本に手本となるものはありませんでした。この全くゼロという状況を私たちは逆にチャンスと捉え、「日本ではまだやっていないことをやろう」を全体のコンセプトにしました。「インタープリテーション計画」を作ることがその最大のものです。アメリカの国立公園事情に詳しい2人がその計画つくりに大きな力となったことは言うまでもありません。次に、複雑に絡み合う多種多様な業務をうまく整理整頓して見やすくし道筋を付けて行く役目、プランナーの力です。三つ目に、私を含めキープ協会のメンバーは全体の動きをタイムスケジューに沿わせ、生まれていく果実を取りまとめていく役割を担いました。メンバーの特色を活かした三位一体の体制が整っていたこともチームの大きな力と言えるでしょう。
では、なぜ準備業務が順調に進んでいったか考えてみます。わずか1年と言う準備期間と頻繁に会うこともままならない条件の下で相応の成果を残すことができた理由は、同業者・異業種のメンバーから出たさまざまな考え方やアイデアを融合できたことで、それにより新たな化学反応のようなものが生まれていたことと、あとはチームワークの良さでしょうか。チームワークについては補足しておかなければなりません。それはメンバーが環境省の主催する「自然解説指導者研修(1992~2010年)」において、「体験学習法」という学びの分野で間接的に何年も関わってきたことに関連します。体験学習法とは簡単に説明すると、「今ここで体験したことを、(間をおかず)観察し[ふりかえり]、分析し[考える]、一般化する[次に活かす]ことで、人間の成長を促す」という教育手法(学習法)です。チームのようなグループ活動ではチームビルドのためにこの手法が有効であることは言うまでもなく、自然体験活動の分野でも「体験をふりかえる(まとめ)時間」にとても役立ちます。更に、“傾聴の大切さ”、“人への伝え方”、“グループ内の意思決定の方法”、“集団の中に現われる様々な欲求”などコミュニケーションに関わる項目も研修に多く含まれていました。自己や他者とのコミュニケーションの取り方を理論的・実践的に学ぶことは指導者にとってとても重要なことで、この研修がまたとない機会となりました。私たちは体験学習法の講師からこれらについて多くのことを繰り返し学んでいた(― 私たちも講師でしたが、自然環境教育の分野にいた私たちにとっては(少なくとも私には)“目からウロコ”の話も多くありました ―)ため、自ずとその学びの効果が那須平成の森の準備作業(チーム活動)で発揮されていたに違いありません。
最後に今回のテーマについてまとめていきましょう。今号を締めくくるに当たり、お手本のないもの(今号の場合は「組織」)をゼロから創り上げていくには何が必要かと問われたら、私は次のように応えます。那須平成の森に限った話ですが、即席チームではなく長年の間に培ってきた関係性の良好なメンバーが集まっていたことが筆頭でしょう。そこに、創造性・想像性・フットワークの軽さといった頭も体も柔軟であること、それぞれの専門性が高いこと、自分の役割を的確に認識していること、ゼロからものを作り上げる高いモチベーションと集中力があること、といったことが加わり、それが私たちには必要だったのです。
2021年、那須平成の森は開園11年目を迎えました。振り返れば、立上げ準備の仕事がそこそこ精度のあるものであったからこそ、開園から現在に至るまでお客様からの評価が高いのではないかと思います。「仕込み8割」とはうまく言ったもので準備の如何次第で仕上がりの状態が決まるものだと実感します。今は開園準備の年に組んだチームの時とはメンバーも変わり、全く違う文化を持つ組織へと変貌しました。しかし組織の中を縦にも横にも動き回れるスタッフのフットワークの軽さはその時から引き継がれた遺伝子とも言えるでしょう。
さまざまな人とのつながりによって新しい組織は創られ成長していく、那須平成の森はこのようにして今ここにあるのです。
那須平成の森はその基本方針が記されている『日光国立公園「那須の森(仮称)」保全整備構想』(2007年度)には「自然体験・学習活動、あるいは自然環境管理活動の指導者養成のためのナショナルセンターの役割を目指す」と明記されています。また「平成23年度那須平成の森運営管理業務仕様書」(2011年度)にも「わが国の国立公園における有数の自然環境教育・自然ふれあい拠点として運営していくことが求められる」とあります。
その那須平成の森を2010年度の準備業務から現在まで携わってきた私は公益財団法人キープ協会(山梨県清里)(以下、キープ協会)に所属しています。キープ協会は1984年以来自然体験活動を通した環境教育事業を行っていますが、その中には指導者養成事業(研修)(以下、養成事業)も含まれています。清里時代の私は以下に述べる環境省「自然解説指導者育成事業」を始めとした様々な養成事業を担当してきました。冒頭の保全整備構想に記されたような指導者養成を事業としてイメージ(模索)する中で、清里と那須での30年の経験をどのように活かせるだろうかと、私は考え続けてきました。コロナウイルスのまん延により2020年度、2021年度は集合研修(ある場所に参加者を集めて行う研修会のこと)の実施を見送らざるを得ませんでしたが、本来は本格的に養成事業を始める諸条件は整っていると考えていました。
では那須平成の森の養成事業について述べていきましょう。私たちはこれまで何もしてこなかった訳ではありません。この10年で単年度事業として養成事業を行ったり、国立公園満喫プロジェクト(環境省)に関連した事業として「ガイド技術研修」を実施したり、他の団体からの依頼で養成事業を請負ったり、あれやこれやと試行錯誤を繰り返し実績は蓄積してきました。
次に今後養成事業をどのように展開していきたいか、環境省が主催していた「自然解説指導者育成事業」を例に話を進めていきます。この事業で行ってきた研修を「自然解説指導者研修」と言います。開催趣旨には「本研修は、国立公園などにあるビジターセンター等の自然ふれあい施設における自然ふれあい活動を充実したものとするため、知識の伝達にとどまらず、体験を通じて自然を学ぶ体験手法を用い、より効果的に自然解説を行う技術等を学び自然解説者としての技能向上を図るものである」とあります。実施されていた期間は1992年から2010年までの18年間です(2011年以降は環境省主催の養成事業は実施されていません)。キープ協会は事業全体の中で研修に関わる部分、つまり「複数の研修全体のマネジメント」、「研修企画の立案」、「研修会の運営・進行」、「講師」などを務め、他の講師陣も招聘して研修を実施しました。内容は大きく『基本研修』と『専科研修』の2つに分けられます。基本研修は「入門コース」(2泊3日)と「実践コース」(3泊4日)の2種類で、インタープリテーション・環境教育について実技(実習)と理論(講義)を交互に学ぶ方式で行い、基礎的なことを入門と実践の2段階に分けて学びます。専科研修は「企画担当者コース」、「施設展示コース」、「ボランティアコーディネーターコース」(以上、3泊4日)の3種類で、より専門的な分野をテーマにして実施しました。2研修5コースに区別されたラインナップで、基本研修を修了した人が専科研修に進めるという仕組みです。18年間実施してきたこともあり、研修の型としてはある程度確立されたものと言えます。
研修中に作成した事業企画の発表風景
そして那須平成の森で行う養成事業はどのようなものが良いかと考えた時に、ベースとなるものはここまで述べてきた内容のものが適しているだろうと、私は考えました。その中に他の経験やこれまでの10年で試行してきた研修成果などをうまく取り込んで、“那須平成の森モデル”として事業に厚みを加えていけば良いだろうと思うようになりました。
課題は当然あります。最大の課題は、集合研修ならではの問題です。多くの人は自らの課題解決のためのモチベーションが最高潮の状態で、それぞれの現場に帰っていきます。それ自体は好ましいことではありますが、問題はその人が職場や現場に戻った後、再び何らかの壁にぶつかった時のフォローアップが研修主催者側にできない点にあります。この課題の解決策のひとつはWEB会議です。直接対面できるわけではありませんが、オンタイムで悩みを聴きアドバイスすることが可能となります。コロナが遠因でWEB会議が一般的になったことが、私たちのような自然体験活動の分野でも役立つことになりそうです。次に規模の問題です。以前行われていた養成事業は環境省本省の事業でしたが、那須平成の森の場合は環境省関東地方環境事務所の管轄ですから、まずは栃木県から小規模に始めて関東管内、全国へと普及していくことになるでしょう。3つ目に宿泊型の事業にした場合、所有する宿泊施設がないことです。公的宿泊施設を使用するにしても、参加費用が上がってしまうことになります。まだまだ課題はあるとは思いますが、ひとつずつクリアにしていくということでしょう。
グループにおける合意形成実習
良いこともあります。環境省による養成事業は2011年度以降実施されていないことを前述しました。ここ10年ほどこの種の事業が行われていない訳ですから、環境省として上手に広報すれば需要はあるものと私は思っています。
ここまでの話は那須平成の森の運営管理団体に養成事業の企画・運営だけでなく講義や実習を行う技量を備えること、つまり全体をマネジメントすることを謳っています。つまり、養成事業を那須平成の森のような“施設に付属する業務である”と位置づけています。請負う団体から見るとハードルが高いことは分かっていますが、今の日本の仕組みではそれが一番手っ取り早いのです。なぜなら、これまでの養成事業は“環境省が養成事業運営者を公募し受注した団体が実施する”という形態でしたから、予算の切れ目が業務の切れ目であることを示しており持続可能ではないのです。これが運営管理団体に養成事業の機能を持たせたい最も大きな理由です。一方、アメリカの国立公園行政を見てみると、国として国立公園内の施設で働く職員を対象とした教育システムを確立しています。仮にアメリカで国立公園のビジターセンターの業務を民間団体に任せるシステムがあったとして、その団体に力が不足していたとしても国が教育の任に当たることができるでしょうし、養成事業自体も国が直接行うことになります。うらやましい限りです。
那須平成の森の運営管理者は3年毎に行われる競争入札で決まるシステムですから、極論を言えば3年毎に運営管理者が代わることもあり得ます。業務の請負団体の力量はその団体任せですから、業務の質の維持を担保できるものはありません。私は運営管理者に養成事業機能を持たせることがベストであると述べましたが、将来に渡ってその機能を維持させ続けることはどうしても限界があります。難問は抱え続けることになります。結局私たちの役割は、アメリカのような教育システムが日本でも構築されるように積極的に国を促すと共に、那須平成の森がモデルケースとなって実績を積み上げていくこと、これが結論なのでしょう。
開園10年と言う節目にスタートラインに立った那須平成の森の養成事業。コロナの収束をホイッスルにいよいよスタートダッシュです!
「自然科学とインタープリテーション」。この組合せは、那須平成の森を始め各地の自然学校で行っている、いわばインタープリテーションの王道とも言えるものです。ここでは、更に自然科学以外の要素を加えた、複合的なインタープリテーションを考えてみましょう。例えば、「自然科学と(日本)文化とインタープリテーション」です。この文化と言う言葉は、簡単に説明できない抽象的なものですが、具体的な例を挙げながら紐解いていきます。
一旦、日本のことは忘れましょう。地球全体の人類史を遡っていくと、人類が育んできた文化は自然(物)にルーツがあることが垣間見えてきます。例えば、原始的な「宗教」儀礼では、鳴り物に石や木を使い、動物の皮を太鼓に張り打ち鳴らしていたことが遺物や壁画などからも読み取れます。天体の動きを正確に知り、それによって吉兆や豊作不作を「占星術」として占ったりもしています。エジプトの象形文字や中国の甲骨文字などの古代「文字」には、動物や鳥の絵柄がそのまま、或はデフォルメされて文字が作られてきました。甲骨文字は、日本の漢字の起源であることは言うまでもありません。調べれば、まだまだ自然と文化の接点は数多く見出せることができるでしょうが、世界各国の文化の原点には自然との結びつきが不可欠だったことは、想像に難しくありません。
一方、日本に目を向けてみましょう。今度は、日本における文化と自然のつながりについての話です。日本文化と自然が関係しそうなものと言っても沢山存在するかと思います。ここではその一例として「家紋」を挙げてみます。皆さんの「家」にも家紋があるかと思います。ちなみに我が家の家紋は、「丸に梅鉢」という自然柄です。家紋は元々貴族や武家の家柄に作られたものですが、江戸時代頃からは一般民衆にも広まっていったと考えられています。紋のモチーフは、動物、鳥、昆虫、植物などの自然物の他、扇、ろうそく、糸巻、ハサミ、鼓、羽子板など庶民の生活に密着した雑貨類も数多く用いられています。これらの素材を、主に丸い枠の中にデザイン化して書きこむのが家紋の定型となります。
さて、ここからは、インタープリテーションにも加わってもらいます。私たちが作った自然体験(インタープリテーション)プログラムの中には、この家紋からヒントを得た「家紋つくり」(プログラム名:マイ家紋)があります。これは、自然物を良く観察し、デザイン(デフォルメ)して自分だけの「紋」を作るというものです。まずは、実際の家紋の絵柄と家紋名をそれぞれコピーしたものをバラバラに置き、絵柄と名を一致してもらいます。例えば、某国内航空会社のマークにそっくりな鶴柄の家紋名は、「光琳鶴の丸」という具合に。ゲーム感覚で楽しめるので、難しそうだなという緊張感はほぐれます。次に自分の家紋にしたい自然物を観察しに行きます。そして、鉛筆で下書きへ。デザインが完成したら、筆ペンや黒マジックで彩色していきます。黒と白の反転をうまく考えないと失敗するのでここは慎重に。最後に、オリジナルの家紋名を入れて完成。制作年月日も忘れずに。参加した全員でお披露目会をすると、なかなかの出来栄えに皆感心しきりです。1時間ほどかけてじっくり行います。
マイ家紋の作品たち
改めて江戸時代の家紋集を見てみると、その観察眼とデザイン力に脱帽します。家紋の裏に隠れているメッセージや昔の人たちの思いが、現代人の私たちにも伝わってきます。まさに、日本版インタープリテーションのひとつと言えるのではないのでしょうか。現代に時を移して、私たちが「マイ家紋」というプログラムを実体験することを通して、日本人の感性の豊かさ、またその遺伝子が我々の心の中にも脈々と息づいていることに気づくことができるのです。
この他に私たちが日本文化的なものを取り入れたものには、漢字一文字を使って今の気持ちを表現するもの、自然物を使っておいしそうな料理(もどき)を作るもの、木の枝を剪定して作る「マイ箸」作り、室町時代に生まれた贈り物を和紙で包む礼法「折形」で作る「箸袋」、子どもの健やかな成長を願う魔除け「背守り」を針と糸を使ってオリジナルで作るもの、注連縄に代わる縁起物「宝来」作り(切り紙細工)、日本古来より慶弔時に使われた「水引」を自然物を使って作るもの、また花鳥風月がデザイン化された「花札」を使った展示物の制作など、自然科学とインタープリテーションをつなぐ日本文化の素材を数多く発掘してきました。
マイ箸と箸袋
インタープリテーションの素材:背守り
インタープリテーションの素材:宝来
インタープリテーションの素材:水引
インタープリテーションの素材:花札
このように見てきますと、自然科学と文化的なものを組み合わせることで、「日本型インタープリテーション」が成立するのではないかと考えることができます。角度を変えれば、世界中の国々の文化と自然科学を融合すれば、その国の数だけインタープリテーションの幅が広がるとも言えるでしょう。自然科学だけではなく文化的要素を加えることで私たちの感性も育まれるように思います。自然科学と感性、水と油のように両極にあるものが自然体験(インタープリテーション)と溶け合うことによって、それは私たちに学びの効果をより深めてくれるのは間違いないと思わせてくれます。
自然と文化、一見つながっていないと思われがちな両者です。しかし、人類が長い年月をかけていつくしみ続けてきた自然を自分の体に浸み込ませていった結果生まれた賜物、それが文化ではないでしょうか。自然から生まれてきた文化とは何か、それを学ぶことは(古代から現代の)人々と自然との密接な関係性を知る良い機会だと思うのです。また、人間のあり方そのものを見つめ直すことに他ならないように思えてなりません。
初回から前回までの連載では、那須平成の森を作り上げていく上で根幹をなす事柄について触れてきました。書籍であれば、第1部に当たりますが、今回からは次の展開(第2部)に入っていきます。内容面では、これまで那須平成の森の体幹の部分に触れてきたことに対し、これからは隅々まで行き届く栄養素や体力に必要な筋肉のような、より細部にわたった具体的な取り組みについて述べていきたいと思います。
インタープリターが実施するガイドプログラムを始め、その他の自然体験プログラムの質を一定の水準に保ち続けることは、那須平成の森にとって抱え続ける課題になるだろうと開園準備の頃から想定していました。公的施設である那須平成の森は、競争入札という制度の元では入札毎にどのような団体(組織)が業務を請負うかは分かりません。那須平成の森のような専門性の高い業務は、運営団体が交代した際に起こる変化がどういうものになるのか、それを考えることは想像に難くはありません。ガイドプログラム等の質に差異を生じさせないための工夫を整えて、この難問を少しでも軽いものにしておきたい、と開園準備のワーキンググループはあれこれ思案をしました。例えば、ガイドプログラムについて、請負団体が変わってもある程度プログラムの質を維持できる仕組みを考えたのもそのひとつです。以下、その概要です。
○プログラムの流れ
「移動を伴うガイドプログラム」「定点的に行う体験プログラム」のいずれに関わらず、プログラムには時系列に「流れ」があります。私たちはそれを、「つかみ」「本体」「まとめ」とか「導入」「展開」「まとめ」などと言います。「つかみ」では“人を知る”“緊張感をほぐす”といった、言葉かけ・自己紹介・短いアクティビティなどを行い場を和ませ、プログラムに入る動機づけとなる大切な時間です。「本体」はその言葉の通り、インタープリターが参加者に“気づいてほしいこと”“伝えたいこと”を体験してもらったり解説したりします。「まとめ」は、参加者の感想を拾いインタープリターの思いやメッセージを発して、インタープリターが全体を締めくくる時間のことを言います。これらの流れがきちんとできるようになると、プログラムはスムーズに進行でき、参加者の心に響きやすくなります。
○プログラムのねらい
「そのプログラムは何のためにやるのか」を決めておかないと、そのプログラムは単なる遊びやレクリエーションで終わってしまいます。環境教育という限りは「ねらい(目的)」が必要となります。ねらいは、「思い(メッセージ)」「成果目標」「行為目標」や「テーマ(メッセージ)」「ゴール(目的)」「オブジェクティブズ(目標)」という言い方をします。ひとつのプログラムには、思い、成果目標、行為目標の3つが揃っていなければなりません。このねらいは、必ずしも参加者にそのまま伝えなければならないものではありませんが、事前にシートなどに書き起こしておくと、後でふりかえる時に便利です。文章にするなら次のような感じです。「○○を体験することを通して(行為目標)、○○ということに気づいてほしい(成果目標)。それにより、私は皆さんに○○ということを伝えたい(思い)のです」。一見、簡単そうに思えますが、ねらいの設定は経験が少ないとなかなか作れず、そこがインタープリテーションの奥の深さということにもなるでしょうか。
○「解説ユニット」と「テーマ外トピック」
「解説ユニット」というのは、那須平成の森を特長づける生物相について、種毎に基本的な生態からその生物独特のユニーク生態までを調べ上げ、シートにしてスタッフ共有の資料にしたものです。その中には、「ユニットの概要」・「解説素材」・「アクティビティ」「ワークシート」・「ガイドプログラム用にビジュアル化(イラストや写真)したフリップ資料」・「標本」・「文献リスト」といった項目が含まれています。実際にプログラムに使用するものは、複数セット配備しておき、同時に複数のインタープリターが同じ資料を使いたい時でも不足しないようにしておきます。インタープリターは全員同じ情報を共有でき、一定の基準に沿ったガイドを実施できるのです。この「解説ユニット」は、ガイドプログラム実施時は必ず使用することがルール付けられていて、2時間のガイドプログラムであれば、3つ程度の「解説ユニット」を使用することになります。例えば「植物の遷移」ユニット、「ツキノワグマ」ユニット、「キツツキ」ユニットといった具合です。これをマスターしておけば、どのスタッフもある程度均一のガイドができる訳です。後は自分なりに調べて、ユニットに厚みを加えていくことで、ガイドそのものも深みのあるものになっていくのですが、そこがインタープリターの腕の見せ所となります。
「テーマ外トピック」は、「解説ユニット」と「解説ユニット」の間、つまり移動している間に出現する、その時々の自然物についての解説のことを言います。「解説ユニット」の内容は季節で変わることはありませんが、「テーマ外トピック」はガイドする度に変わってくるので、インタープリターたちは日頃からフィールドワークを欠かすことができません。「解説ユニット」の組み合わせ方はインタープリター毎に違い、「テーマ外トピック」も同様ですから、参加者にとってはバリエーション豊かなガイドウォークが楽しめるという訳です。
解説ユニットの資料(中央)を使ったガイド
ここまで説明してきたように、「プログラムの流れ」、「プログラムのねらい」、「解説ユニット」の3点について理解あるいは整えることで、請負団体が変わってもある程度プログラムの質を維持できることになる訳です。実際に運営団体が変わらないと実証できませんが、9年間運営しながらこの仕組みを運用してきた経験では、まずまずうまくいく仕組みではないかと考えています。ただし、この3点だけ引き継ぐことができてもそれで那須平成の森の運営管理を全てできるというものでもありません。他の運営団体にスムーズに引き継げる仕組み作りは、我々が考え続けなければならない最重要課題です。これについては那須平成の森運営全体の質の維持というテーマで、いずれ触れていくことになると思います。
私は、那須平成の森を開園するに当たって、那須平成の森は学校のような形態が良いのではないだろうかと考えていました。優秀なスタッフを固定化させ強力な組織を作り上げることも方針としては考えられました。しかし私は、一定のレベルまで達したスタッフには自分で卒業する時期を決めさせ、彼らにはその経験を活かして環境教育を全国に普及してもらうことが那須平成の森の役割ではないかと考えたのです。もちろん、先生として残ってくれるスタッフは必要です。例えば、現在は9名のスタッフで運営していますが、先生役のスタッフが4名、その他が学ぶ側のスタッフという形になっています。スタッフは入ったり抜けたりを繰り返しながら10年目を迎えている訳ですが、これまでプログラムの満足度はアンケート結果で「90%以上が満足」と維持できていて、その理由の一つは、核となる人たちが中心となって新人教育を進めていることが大きな要因といえるでしょう。もちろん、憲法的位置づけの「インタープリテーション計画」の存在も外せません。
なぜ、スタッフ自らが先生役となって若手を育てる仕組みにしたのか。端的に言うなら、「教えることで人は成長する、人を見る確かな目を養うことができる」ということになるでしょうか。教える側もまだ若く苦労の連続ですが、那須平成の森に在籍している間に培った力を発揮できる恰好の場ともなるのです。ここでは一応先生と表現するものの、彼ら自身もまたインタープリターとしての成長途中でもあります。一方、教わる側は、先輩たちの経験が直伝される形で教授されるので、漫然と聞いているだけでは血肉となりません。積極的に学んで吸収しようとする姿勢がないと他の新人と大きく差を付けられてしまいます。
難しいのは、価値観の問題です。私たちは、多かれ少なかれ、自分の家族や近しい人々の考え方に大きく影響されて育ってきたはずです。自らもそれを自分の価値観として捉えていくでしょう。それはそれで良いのです。問題は、その人がその価値観と違った人の集合体である環境「社会」に入った時、自分の価値観と他者の価値観にどう向き合うことができるかということです。他者の価値観に共感できる人と、自分の価値観に(意識する意識しないに関係なく)固執してしまう人では、職場仲間との関係性はどのようになっていくでしょうか。この問題に直面した時、対応できるのはベテランスタッフで、根気よくその人と向き合っていくこととなります。那須平成の森は、個人個人の個性を尊重しつつも、全員が船団を組んで目標に向かっていくタイプの組織です。チームワークが取れないことには、目標に向かうことができませんから、自分の価値観に固執する人には「他者への共感」について辛抱強く面談を続けていきます。
さて、教わる側も教えられる側も、若い職員にとっては自ら考え判断することが求められます。昨今の学校教育の中で育った人たちは、「自ら論理的に考え答えを導き出す」ということを、体験として学んでこなかったように見受けられることが多いので、少々厳しい役回りかもしれません。しかし、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(仕事をしながらの訓練)を繰り返すうちに、人によってそのスピードに違いはありますが、徐々に考える頭脳を鍛えていけるようになり、体験が経験となっていきます。仕事全般についても、凡そ3年で一通りのことがこなせるようになり、4年目以降はより個性を発揮し、また人を育てられるように成長していきます。
この9年間で36名のスタッフが那須平成の森の運営に関わってきました。卒業したスタッフたちの進路は様々です。農業の道に進む人、看護師としての経験を活かしながら自然体験活動を続ける人、幼児教育に取り組む人、家庭に戻り地域の子供たちの居場所として提供する人、小笠原に移住してクジラの保護活動をする人、などなど。那須平成の森のような自然学校を次の職場として選んでくれたらそれはそれで嬉しいですが、たとえどのような仕事に就くにせよ、それぞれの場所で那須平成の森での経験を活かし、環境教育の普及啓発に取り組んでくれていたら幸いなことです。
那須平成の森は、これからもスタッフの入替りを繰り返しながら、人材輩出の場としての役割を果たしていければと考えています。
「インタープリテーション計画」の改訂については、当連載の第2回で触れていますのでそちらをご覧いただければ幸いです。
※第8回は「人材を送り出す役割を担う、自然学校としての那須平成の森」です。(掲載日未定)
那須平成の森のように新しくできた組織にとって、地域にとけ込むことは課題のひとつと言っても過言ではないでしょう。なぜなら、一般論ですが、多くの日本地域社会では、外から来る者に対し情緒的に思考するため、新しいものを認知する(受け入れる)までに相当な時間をかけると言われているからです。早くとけ込めばとけ込むほど、連携への道も早めることができます。地域との関係性をどのように築いていくのか、最初の一歩を踏み誤らないように慎重に糸口を探ろうと考えていたことを思い出します。ただ一点、公共の場をお預かりする立場として、開園当初から「中立」「公平」の姿勢で地域とつながっていくことは念頭に据えていました。
私たちの地域との関係づくりはゆるやかに始まっていきました。地域の人たち個人個人、つまり「点」とのつながりを増やし、それぞれを丁寧につないで「線」にしていくという方法です。私たちが地域の様子がよく分からない状況だったからでもありますが、それは手間のかかる長期的戦略でもありました。2020年4月から10年目を迎えた那須平成の森ですが、この長期作戦で多くの人たちとつながるようになりました。酒屋さん、絵本の読み聞かせをする方、民宿のご主人や娘さん、山登りの達人、カフェの青年、料理の上手な農家さん、印刷屋さん、古道具屋さん、おしゃれな器屋さん、御用邸管理事務所の元所長さん、出版関係の方、頻繁に来ていただけるコアなリピーターなどなど、数え始めると枚挙にいとまがありません。那須界隈には個性的な人たちが沢山いることを知るには、この作戦はぴったりでした。
その一方で、徐々に地域の組織化された集団とのつながりも出来始めていきます。それは、那須町立の小中学校、町内にある県立高校、県立の自然の家、若干距離は離れていますが国立の青少年自然の家など青少年教育施設と呼ばれる施設です。それから、公民館などの社会教育施設とも連携していきました。これらの学校や施設とは、那須平成の森でのプログラム体験の他、私たちが学校などに出向く出前授業、また、施設の利用ガイドに那須平成の森のプログラムを案内していただくなど、双方で協力できる体制が整っていきました。

国立那須甲子青少年自然の家との連携プログラム
エコツーリズムを推進する上で、経済効果への寄与は那須平成の森の役割のひとつと言えるでしょう。那須平成の森は、その性格上、那須町(役場)との連携は不可欠なものとなっています(地域の範囲を広げるならば、栃木県(県庁)とも連携しています)。那須平成の森は環境教育施設ではありますが、那須町の観光面での催しなどに出店してプログラム提供をするほか、観光協会の一会員としてプログラムを紹介することで、観光客の入込増にもつながればと考えてきました。
2019年、那須平成の森では2020年度以降に向けた「那須平成の森運営方針」を作成しました。その中のキーワードは、品格、経営、地域です。那須平成の森として必須なものは、元御用邸用地であった歴史を持つ森としての「品格」(元御用邸用地としての歴史、手つかずの自然、高品質のインタープリテーション)を引き継いでいくことであり、品格を支える観点として、地域と連携しながら持続的に上質なサービスを提供するため、「経営」と「地域」の観点での強化が今後必要である(運営方針より抜粋)としています。経営は、那須平成の森の経営そのものであり、さらに地域との連携も明記されました。2020年度より10年目に入りましたが、地域とのつながりを更に強化していく新たな年度が始まりました。どのような形で連携を推進していくのか、知恵を絞っていくことになります。
※第7回は「5年で見直す、インタープリテーション計画 ~社会情勢やニーズの変化には敏感に対応する~」です。(掲載日未定)